ロボット、虫、CD

真っ黒で四角い箱のような家の大きな窓の傍。そこにゆったりと椅子に座る少年が居る。
ここ数日、私は彼を観察していてわかったことがあった。
彼は人ではない。
では何なのか。
私はそれを表す言葉を知らない。
ただ彼は老いた女性が持ってくる丸くて平たくてキラキラと光るモノを受け取ると、椅子から立ち上がってそっと開いた胸の中に収めて歌う。

彼の歌は時に優しく、時に激しく、聴いているととても良い気分になる。
私は彼を好いている。例え人じゃなくても。
それをどうにか伝えたくて通っているのだけれど、どうにも踏ん切りが付かない。
この気持ちを否定されるのがとても怖いのだ。

そうして悩んでいる内に彼は歌い終え、また胸からキラキラを取り出す。
取り出したソレを老いた女性に渡そうとして、落としてしまった。
思わず息を飲んだ私の前で、彼は女性に打たれて床に倒れる。
倒れた彼に出来損ないだとか、不良品だとか、耳を塞ぎたくなるような罵倒を浴びせ、そうして家から出て行ってしまった。

急いで窓の傍まで飛んで行き、彼の様子を窺うと、ガラス玉のような瞳の奥から暗い色の雫をこぼす。
彼は終わってしまったのだ。
私は悲しい気持ちと申し訳ない気持ちと湧き上がる暗い気持ちとを胸に、彼の頬にとまる。

ああ、私が人であったなら。

叶うことのなかったこの命を、せめて好きなように終わらせようと、彼に寄り添い眠りについた。


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黒人、ショートケーキ、マスキングテープ

「だからね、私は黒には白だし、白には黒が似合うと思うのよ!」


突然声を張り上げた彼女の口元には、間抜けにもコッテリとした生クリームがへばりついている。
黒いスポンジに真っ白な生クリームの塗られたそれを、大して美味しくもなさそうにまた口に運ぶ。
「だからって何。さっきまで何の話もしてなかったと思うんだけど」
適当に相槌を打っていればいいものの、つい返事をしてしまう。
だから私はこの女と腐れ縁なのだ。切っても切れない仲なのだ。


迷惑にも私の手帳とペンケースを机から落とし、眺めていた雑誌をこちらに見せる。
中ではすらっと伸びた手足をこれでもかと見せびらかす、黒い肌の美女が、これまたカッコイイ上下黒のコーディネートを合わせて不敵に笑っている。
「これね?勿体ないじゃない!」
怒った素振りを見せつつ、ちっとも怒っていない私の友人は、先程乱暴に落とした私のペンケースを拾い上げ、白いレースのマスキングテープを取り出した。
それからうんうんと唸りながら、雑誌にテープを貼っていく。


空いた時間に、私はケーキを消費するとしよう。
イチジクの乗ったケーキは、口に運べばプチプチとした小気味よい食感と、爽やかな満足感を与えてくれる。ベタベタと甘ったるいこの女とは大違いだ。


口へケーキを運ぶ手を止めて半眼で眺めていると、がばりと顔を上げて破顔する。
「できた!どうだ、私の底力ー!!」
突き付けられたページに、真っ白なドレスを纏う黒い女性。これは、確かに。
思わずため息を漏らせば、満足気な顔。
「あんたのデザインじゃなくて、この女の人が綺麗だからだよ。調子のんな」


そう言ってデコピンすると、それにもまた満足気に笑う。


ああ、私はこの笑顔に弱い。
キツめの顔とキツめの性格。それでも彼女は恐れず向かってくる。
だから私はこの女と腐れ縁なのだ。切っても切れない仲なのだ。
その温かさに、私は幸せなため息を噛み殺した。

 

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ティッシュ、カッパ、校庭

何だか真っ直ぐ家に帰りたくなくて、図書室で時間を潰していた僕は、ふと窓の外を見た。

雪だ。そしてくるくると回る小さな影。

まだ遅くないとはいえ、高校に小さな子が来るなどと、何か理由があるのだろう。

丁度いい暇潰しだと外に出る。

校庭の真ん中辺りにそれは居た。

雨合羽を羽織り、空を見ながらくるくると回る子供。

男の子のようにも、女の子のようにも見えた。

「どうしたのかな?此処にお兄さんかお姉さんが居るの?」

そう声を掛けると、やっと気が付いたようにこちらを見る。 その顔が、むずむずと。

「ふぁ、、っぐしゅん!!」

可愛らしく、盛大なくしゃみ。ああ、綺麗な顔がよだれと鼻水でぐしゃぐしゃになった。

袖で拭こうとするものだから、慌ててポケットを探るけれど、ハンカチしか入っていない。

仕方なくハンカチを差し出すと、子供はハンカチでぐしゃぐしゃになった顔をゴシゴシと拭う。

ああ、ポケットティッシュさえ入っていれば。

内心落ち込みながらも、大丈夫かと声を掛ければ、子供はにっこりと笑う。

「ありがと!またね!」

見た目通りの幼い声でお礼を言ったかと思えば、手を振り振り、走り去ってしまった。

「ハンカチ……」

呆然と呟いた情けない声は、誰も居ない校庭で雪と共に溶けた。

 

数日後のこと。

隣りのクラスの女の子から子供に渡した筈のハンカチが返ってきた。

ああ、あの日ポケットティッシュを持っていれば。

少し恥ずかしそうに笑う彼女に惹かれることなどなかっただろうに。

冬の終わりに君は哭く(仮)

少し歩こうか。
白い息と共にそう言った彼女の背に、髪の長い女が垂れかかる。
あれは冬だ。彼女を連れていこうとする、綺麗な魔の遺物。
世界が終わり、また生まれたというのに、たったひと欠片遺ってしまった異物。
冬は気に入った者を1人選んでは、雪の向こうへ連れていってしまう。
今年は彼女なのだ。
どうして。よりによって彼女が。
冬はこちらを見て、こちらの先を観る。
それから満足気に笑って、彼女の頬を愛おしそうに撫でた。
それをただぼんやりと、まるで夢のようだと眺めていた。
本当に美しい光景だった。
私は彼女達に見惚れて、そして嫉妬した。
どうして死とはこうも美しいのか。

確か、その年の冬半ばのことだった。
私は憐れな遺物を殺した。