おとなのなりかた

「『大人』、っていうものはね。なりたいときにはなれないのに、なりたくないときには、もう、なっているものなのよ。」
 
おねえさんはそういった。
ボクにはむずかしくて、よくわからなくて、とてもこまってしまったけれど、ボクにわからないことをいうおねえさんは、おとなだなぁとおもった。
 
「ねえ。君の目に、私はどう映る?
   私は大人かしら。それとも、子供?」
 
おねえさんはボクにおとなのなりかたをおしえてくれていた。
“せきにん”をおったとき。
こどもをやどしたとき。
ほかのひとにおとなだとみとめられたとき。
それから、なりたくなくなったとき。
 
うさぎであるボクにはなしかけるおねえさんは、こどもっぽいとおもった。だって、おおきなにんげんは、ボクにはなしかけないから。
でも、ボクにこんなはなしをするおねえさんは、こんなにつらそうなかおをして、こんなはなしをするおねえさんは、もうおとななんだなぁとおもった。
だから。
 
「おねえさんは、こどもだとおもうよ!」

ボクははなをぴすぴすとうごかしながら、そうこたえた。
おねえさんをこどもだというとき、ちょっとどきどきした。
だって、おねえさんはおとななんだ。
ボクはウソをついた。はじめてのウソだった。
 
おねえさんはにっこりとわらって、「そう。」とだけいった。
そのひはそれでおわかれした。
ひらひらとてをうごかすおねえさんは、どんどんボクからはなれて、あっというまにちいさくなった。
このひのおねえさんは、なんだかいつもよりちいさくおもえた。
 
 
つぎのひからおねえさんはこなかった。
ただ、おねえさんといつもあうきりかぶひろばに、しろくてうすくてかさかさしたものが、かぜにとばされないように、いしをのせておいてあった。
それがなんなのか、どうしておねえさんがこなくなったのか、ボクにはわからなかった。

ボクがいしをどけると、しろいものは、ぴゅうっととんでいってしまった。
あれはちょうちょうだったのかもしれない。
どこまでも、どこまでも、とんでいった。
とてもきれいなそれは、とてもさびしいそれは、おねえさんのようにみえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私は大人になってしまった。
   うさぎさん、ごめんなさい。
   ありがとう。」
 
 
 
あなたに嘘を吐かせた、私は“大人”。

しあわせ

1人の女の子が亡くなった。
彼女はいつも1人で、みんなから嘲笑われていて、世界を呪っていた。
世界なんてなくなればいいのに。人間なんてなくなればいいのに。私なんてなくなればいいのに。
私はそんな彼女の傍に居たかった。
でも彼女は、1匹の猫を庇って亡くなった。
 
 
 
1人の女の子に恋をした。
彼女はいつも傍に居て、困ったように笑っていて、ただ私に寄り添ってくれていた。
私はただ世界を呪って、人間を呪って、この命さえも呪っていた。
でもただひとつ、彼女の幸せを願ってしまった。
ある日1匹の野良猫に懐かれた。
ソレはまるで彼女の様で、こっそりと彼女と同じ名前を付けた。
どれだけ離しても擦り寄って、にゃあと鳴く、あなた。
可愛くないはずがないじゃない。
だから、私はあなたを見捨てられなかった。
世界がゆっくりと過ぎ去る中で、幸せな走馬灯なんて見られないと思っていた。この世に未練なんてないと思っていた。
でも、あなたが居たから。
記憶の中のあなたが困ったように笑うから。
私は世界を望み、あなたを望み、私の命を望んだ。
あなたのせいで、私は幸せだった。
 
 
 
世界の不幸せを望んだあなた。
あなたが守った命は今、私の腕の中で幸せそうに眠っている。
ざまあみろ。
そう呟こうとして、唇から嗚咽が漏れ出た。
腕の中の温もりが小さく身じろぎして、にゃあ、と鳴いた。

やさしいお姉ちゃんと眠れないこども

「黒い人が来るよー!」
「きっと誰かさんが寝ないせいね!ほーら、早く寝ないと、真っ黒さんが来ちゃうぞー!」
「きゃー!」
 
「黒い人が来るの……」
「じゃあ早く寝なさい」
「違うの、黒い人が来るから、私は起きてないといけないの……」
 
「気味の悪い子。さっさと寝てくれないと、あなたに会えないわ」
「本当に気味が悪いな」
 
「私、気付いちゃったの。黒い人が、お姉ちゃんを見てるって。だから、私は……」
 
子どもは目を開けたまま亡くなっていた。
可哀想に思ったオトナが、彼女の目を閉じた。


その時、やさしいお姉ちゃんは、

甘い、

恋とはどんなものだったかしら。
あんなにも好いていた男は、まるで枯れた木のようになってしまった。
あんなにも好いていた男は、もう輝きを失ってしまった。色褪せてしまった。寂れてしまった。
そうさせたのは私だろうか。
それともただ、私が変わってしまったのだろうか。
 
角砂糖が食べたくなった。
あれは舌でほろほろと解けたろうか。
それとも、歯でざりざりと砕けるものだったろうか。
 
角砂糖が食べたくて、通い慣れたスーパーへ。
厚みのある懐かしい袋の中で、ゴロゴロとした白い角砂糖の群れが積まれていた。
可愛らしいそれを袋越しに撫でてみるも、これではないと引き返す。
私が求めていたものはこんなものではない。
 
角砂糖が食べたくて、今度は友人の家へ。
華奢なカップに入った琥珀色の紅茶と、可愛らしいメリーゴーランドを模した容器の中で重なる白と茶、2色の角砂糖。
指で摘んで、手の平に乗せて、まじまじと眺める。
それを見た友人が、たしなめるでもなく、ころころと笑う。
もう一つ摘んで、2色並べてみる。
何かが違う。
落胆の色を察した友人が、私がそれを容器に戻すよりも早く、私の手の平からカップへ。
ちゃんと飲みなさいと言われ、少しぬるくなった紅茶を乱暴にスプーンでかき混ぜ、口を付けると思ったよりも甘い。
さして興味もなさそうに、探し物はあったの?と聞かれてゆるゆると頭を振った。
 
角砂糖が食べたくて、家からほど近い実家へ。
優しい母の微笑みに迎えられ、ほっと息を吐く。
テーブルの上で真っ白な小皿に盛られた薄桃色の角砂糖。
行儀悪く、べったりとテーブルに頬を付けて角砂糖を眺める私の髪を、母の指が優しく流す。
何だか近いような気がして、体を起こして角砂糖を口へ運ぶ。
甘い。なんて甘さだ。
思わず喉の奥がしょっぱくなる。
それから出された紅茶を喉へ流し込む。
すぐ飲めるようにとぬるめで、少し渋く入れられた紅茶が、私を元に戻してくれる。
何も言わない母は、小さな頃のように私の頭を撫でて、またいつでもおいでと見送ってくれた。
 
一人の部屋へ帰り、二人抱き合って眠ったベッドに倒れ込む。
甘くて、苦くて、しょっぱくて。それから優しくほろほろと解けて消えてしまう。
私が探していたものは、そんな日々の欠片だったのだろうか。

自分へ。また、僕と似た人へ。

自分自身に疲れてしまった貴方へ。

 

一つのことに囚われない。
もし囚われたら何かに書いて、一旦置いておく。

自分を見つける。
愚痴や悪癖、弱音も認めてあげる。

極力必要の無い時に仕事のことを考えない。

一人に依存するのではなく、依存先を増やして重みを分散させる。

死んではならないから、死んでも別にいいと思う。
死にたい訳では無い。思うくらい許そう。

頑張りすぎない。
僕は特に空回りするから、程々に。

目の前の景色を無心に見る。
余計なことは後回し。無駄かもしれないが、詩でも綴ろう。

人に、自分に感謝する。
人にはもちろんだが、自分自身にも感謝してみよう。

本は読みたい時に読みたい本を読む。
勧められたからといって、焦って義務として読まない(本と人に失礼だ)。

ツイッターは追いすぎない。
また自分の時間を作ろう。

食べたい飲みたい欲求にはある程度応えてあげる。
食欲は生きる糧だ。お財布と相談してね。

小さな自分の甘えは許してあげる。
度が過ぎていたら、注意してくれる人も居てくれるのだから。

人を頼り、人に頼ってもらえたら感謝。
頼らないのに頼れないよ。頼りたい人には弱味を見せて行こう。

ごめんなさいより、ありがとうを増やす。
これは本当に大きな課題。

やりたいことを沢山見付ける。
簡単な事でもいい。素直になれますように。こんがらがりませんように。

 

繰り返している。
繰り返しているからこそ、悪いまま繰り返さないように。
繰り返すことは無駄ではない。そう思えますように。

「I」

愛してる
あいしてる
アイシテル

戯言のように繰り返される、それは。

 

仕事帰りに買い物を済ませて家に帰る。
少し萎びて安くなった野菜や、派手に30%offと貼られた肉。
それらも鍋に、フライパンに、切って落とされれば皆同じだ。
料理上手とは言えない私の、切って味を足して煮込んだだけのスープと、切って味を足して炒められただけの食材達。

「いただきます」

自分しか居ない部屋で手を合わせれば、空間に乾いた音が響いた気がした。
そっと目を閉じて、鼻から息を吸い、口から肺を満たしたものを吐き出す。
遠くで、本当に向こうの向こうで、彼が呼んだ気がした。

「――、愛してる。愛してるなんて、本当はわからないけど、それでもきっと、俺はお前を―――」

耳元で聞こえたアイシテルに、ヒュッと息が詰まる。
横を見る。後ろを見る。あなたはいない。

あなたは記憶。
遠くて近い、私の中のあなた。
もう触れることは無い「愛してる」。
それは今も私のことを蝕んでいる。

愛してる
あいしてる
アイシテル

あなたはあなたをアイしてる。

 

 

『一人遊び』より。
「耳元で囁かれた毒」

新月の夜、また君と。

月のない夜。こんな日は決まって窓を開けておく。
ベッドに潜ってもぞもぞとしていると、ほら、来た。
部屋にぺたぺたと、小さな足音。
彼女曰く、自分は月のない夜にだけ自由に動ける妖精なのだとか。
本当は玄関から入ったのだろうに、窓を開けていないと入れなかったと控えめに拗ねるのだ。
だから月のない夜は玄関と窓の両方を開けて彼女を待っている。

初めて彼女の存在を知ったのは、家の鍵をかけ忘れて仕事に出た週の休みの日だった。と、思う。
お隣の奥さんが訪ねてきて、娘が勝手に入ったのだと謝りに来た。
鍵を閉めていなかったのは僕の責任だし、家のものは何も壊れたりしていなかったので、わざわざ謝りに来なくても良かったのに、丁寧な人だ。
その日奥さんが持ってきた菓子折りは、また鍵を掛け忘れた日にゴミと化していた。
盗まれて困るようなものも無く、面白がって鍵を閉める習慣をなくしたところ、彼女は夜にやってきた。

月のない夜だった。
物音で目が覚めた僕は、少しの肌寒い風を感じて窓を見た。
そこに彼女は膝を抱えるようにして座っていたのを覚えている。
彼女の髪はボサボサで、秋だというのに袖のない黒いワンピースを着ていて、そこから露出した肌には青黒い痣が転々と存在を主張していた。
あの日から僕らはこうして逢瀬を重ねている。

まだ小さな少女は、僕がベッドから出たのに気付くと、上目遣いに手にしたマグカップを差し出す。
それを受け取って冷蔵庫から出した牛乳を注ぎ、電子レンジで温める。
ピーという音で出してやり、砂糖はスプーン3杯。
持ち手にハンカチを巻いて熱くないようにしてから、素直に椅子に座っていた少女に菓子パンと共に渡してやると、上目遣いにお辞儀をして受け取る。
それから嬉しそうにふーふーしながら少しずつホットミルクを舐める。
それを眺めながら、今日も青い彼女の痣を眺める。
血が固まった跡もあった。
本当に優しくしていいのだろうか。余計に辛くはならないだろうか。何かできないだろうか。
そんなことを考えながら、いつも菓子パンを頬張り、ホットミルクを舐める彼女を見ている。
食事を終えた彼女の膝に、テディベアを押し付ける。
「プレゼント」
驚いた顔をした彼女にそう言うと、よくわかっていない様子ながら、また嬉しそうにそのふかふかを抱きしめた。
何かできないか。なんとかできないか。
そうしてまた夜は明けるのだ。

気付けば朝で、知らないうちにベッドの中で。
夢かと思う。
でも、台所には洗われたマグカップ。椅子に残ったふかふかなクマ。
さっさと支度をして、寂しい家から出る。
鍵もかけないまま歩き出せば、隣りの家のドアが開く。
奥さんが高校生くらいの見知らぬ少女を送り出していた。

昨夜の彼女を思う。
彼女の名前を、僕は知らない。
彼女の真実を、僕は知らない。
昨夜も彼女はホットミルクを飲んで、それからふかふかのクマを大事に抱いて、夜明けに溶けてしまったのだ。
また次の新月の夜まで、僕は悩むのだろう。
また次の新月の夜に、僕は悩むのだろう。
それでもまた、僕は彼女を待つのだ。

 

 

「ぬいぐるみ」「ホットミルク」

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