暗殺、天使、絵

いつのことだったか。
青い月の夜に君は突然現れた。
とても弱くて寂しい君は、助けを求めて僕に手を伸ばす。
僕はその手を取った。

求められるまま言葉を落とす。
今日はどんな言葉を贈ろうか。
どんな言葉で君を飾ろう。君を揺らそう。

ねえ君。笑ってくれるかい?

油絵のように重ねられていく言葉に、少しまた少しと表情を変えていった。
ああ、君はどんどんと強く、美しくなる。

身を潜めて少しずつ距離を縮める。
あと少し、もう少し。
心臓の音が煩い。……気がした。
本当はもう心音などしない。
一生分の鼓動を使い果たしたのだ。
僕はとうに射抜かれていた。

 

天使のようで、小悪魔な君。

 

 

https://3dai-yokai.tumblr.com/first

塩、機関銃、蝋燭

暗闇の中、蝋燭の明かりを頼りに進む。
自分の足音以外の音はない。
私は人だったものを破壊する。その為にここへ来たのだ。


肩から下げた機関銃が重い。
借り物だ。大事に担ぎ直す。

見知った家の廊下を進む。
ドアを開ける、蝋燭で照らす。その繰り返し。
大きくない家だ。本当はどこにいるのかなんて、最初からわかっている。
わかっているから、同じ場所を何度も回っている。

 

喉が渇いてキッチンへ向かう。
床がザリザリと鳴る。塩だ。
ある時から、人は深く眠ると塩になった。
生きたまま、深く、深く眠るのだ。
生きたまま眠り続ける。だから…。

水道を捻るも、水は出ない。
この家が停止してから、随分と経っているらしい。

 

カラカラの口を無理矢理唾液で潤し、とうとう階段を上る。
2階の、突き当たり。
ドアを開けば、ベッドに腰掛け、本を読むあなただったもの。

「おまたせ」

そう呟けば、こちらを見てくれる気がした。
また笑ってくれる気がしていた。
名前を呼んで、ふざけあって、一緒に出掛けたり。また、いつもの日常に戻れる気がしていた。
でも。

君は笑っていた。
私が貸した本の一点を見たまま。
その視線は動かない。その口は動かない。その体は白い。

 

「ねえ。私、もう大人になっちゃったよ」

返事はない。

「本、いつまで借りてんのよ」

返事はない。

「今度映画見ようって言ってたじゃない。もうあの映画、終わっちゃったよ?」

返事はない。

「ねえ。何か、言ってよ……」

返事は、ない。

 

涙がとめどなく溢れて、上手く呼吸ができない。
どうせ誰も居ないのだ。声を上げて泣いた。
どうせもう、あなたは慰めてなどくれない。
そのことがまた悲しくて、また泣いた。

しばらく泣いて、涙は枯れないとわかった頃、終わらせようと立ち上がる。
ありがとうだとか、ごめんねだとか、色んな言葉が浮かんでは消えた。
最後に近付いて、白く固い唇にキスする。しょっぱい。
それから習ったとおりに機関銃を構える。

「おやすみ」

タタタッ。タタタタタッ。

引き金を引けば、軽くはない振動と共に彼が砕ける。
まだ次の人が待っている。
弾は無駄にせず、バラけたところで引き金を離す。

「本はあげる」

振り向かない。
流れ出る水分が勿体ないから。
後ろ手にドアを閉めて、家から出る。
家から出て、やっと振り返る。
この懐かしい家には、もう戻らない。
また緩みそうになる涙腺を、ぐっと締めて持ってきていた蝋燭を置いた。弔いの火だ。

そして歩き出す。


この国では人は深い眠りに落ちる。
愛しい人の夢を、残された者が終わらせるのだ。

 

https://3dai-yokai.tumblr.com/first

個体値、神社、プラスチック

気付けば、白いイチョウの木の上で脚をぶらぶら、座っていた。
見下ろせば青い鳥居。地面がある筈の場所は暗く、底が知れない。
見上げた空はまだ決まっていないようで、赤、青、緑と少しずつ色が変わっていく。
 
ここは?
そう呟いたはずの声は無く、代わりに口から星が零れる。

……カラー…ン。

そこでようやく地面があるようだと気付く。
下まで少し遠いようで、それでもここでただ座っているのは退屈だった。

よいしょ。
ゆっくりと太い幹にしがみつきながら脚を下へ、下へ。
 
ずるり。あっ。
きゃーーー。
一々零れる星と共に地面へ。

どさり。
 
思っていたより痛みはなく、ただ衝撃として視界が揺れる。
立ち上がり、歩き出そうと思えど、脚が動かない。
視線を落とせば、砕けたプラスチックの様な脚だったもの。
 
ああ、私ヒトじゃない。
夢を見ているような気持ちで、その残骸を掻き集める。
 
そうか、これは夢なのだ。
 
夢であるのに、なんだか悲しくて。
今度は目から(多分目だ)青くて小さな魚が泳ぎ出てくる。
嗚咽を漏らせば星が。涙を零せば魚が。
なんだか可笑しくて、疲れてしまって、状況を変えるために周りを見渡す。
 
おや。
どうして気付かなかったのか。
青い鳥居の下、お社がある。
そしてお社の手前には賽銭箱が。
足元に散らばる星を拾い上げ、賽銭箱に向かって投げる。
 
入って。お願い。
 
幾つも外してはまた星が零れ、繰り返し。
繰り返し、繰り返し。
何十回目か。
魚にぶつかった星が高く飛ぶ。
 
ちりーん。
 
鈴の様な音。
どうやら賽銭箱に入ったらしい。
 
今はこんなものしかありません。
どうか、どうかカミサマ。私を起こして。
酷い夢から覚めたいの。
 


そうして光は満ちた。
 


目を開くと、白い部屋。
たった1人、黒い部屋。
ぼんやりと見渡し、思い出す。
そうか。私はずっとひとりだった。
 
少女は窓から夢へ還った。
 
 

どうでした?あの子。
どうかな、個体値は良かったんだけど。
そう。やはり数値だけではダメなのね。
最初から脚も無かったし、なんだか目もおかしかったわ。
仕方がない。次の雛を用意しよう。
 


ピッ…ピッ…ピッ…ピッ……。
 
 
https://3dai-yokai.tumblr.com/first

太陽、街、セロハン

娘の中学の美術の授業でステンドグラスを作ることになったそうだ。

ステンドグラスとはいえ、もっと簡易なもので、黒い大きな画用紙を切り取り、間に色の付いたセロハンを貼るというものらしい。
12月のマーケットに飾る予定だったのもあり、大抵のクラスメイトはクリスマスをイメージするものを作っていたそうだ。

そんな中、我が娘は四角の沢山並んだカラフルな作品を作った。

私が親であることを除いてもとても綺麗であることを娘に伝えて褒めたが、残念ながらマーケットに飾られることはなかった。
みんなに笑われたと泣きじゃくる娘の頭を撫でながら、何を描いたのかと聞いてみたところ、どうやら娘の目に映る街を描いたらしい。

なるほど、私が飽きてしまう程住んだこの街は、娘を笑った人々の住む街は、娘の目にはこの様に美しく映っているらしい。
そんな娘の気持ちを誇らしく思う。

先生やクラスメイト達が指を指して笑った娘の作品は今、私の部屋で太陽の光を沢山吸い込み、暖かな気持ちをくれている。


https://3dai-yokai.tumblr.com/first

ロボット、虫、CD

真っ黒で四角い箱のような家の大きな窓の傍。そこにゆったりと椅子に座る少年が居る。
ここ数日、私は彼を観察していてわかったことがあった。
彼は人ではない。
では何なのか。
私はそれを表す言葉を知らない。
ただ彼は老いた女性が持ってくる丸くて平たくてキラキラと光るモノを受け取ると、椅子から立ち上がってそっと開いた胸の中に収めて歌う。

彼の歌は時に優しく、時に激しく、聴いているととても良い気分になる。
私は彼を好いている。例え人じゃなくても。
それをどうにか伝えたくて通っているのだけれど、どうにも踏ん切りが付かない。
この気持ちを否定されるのがとても怖いのだ。

そうして悩んでいる内に彼は歌い終え、また胸からキラキラを取り出す。
取り出したソレを老いた女性に渡そうとして、落としてしまった。
思わず息を飲んだ私の前で、彼は女性に打たれて床に倒れる。
倒れた彼に出来損ないだとか、不良品だとか、耳を塞ぎたくなるような罵倒を浴びせ、そうして家から出て行ってしまった。

急いで窓の傍まで飛んで行き、彼の様子を窺うと、ガラス玉のような瞳の奥から暗い色の雫をこぼす。
彼は終わってしまったのだ。
私は悲しい気持ちと申し訳ない気持ちと湧き上がる暗い気持ちとを胸に、彼の頬にとまる。

ああ、私が人であったなら。

叶うことのなかったこの命を、せめて好きなように終わらせようと、彼に寄り添い眠りについた。


https://3dai-yokai.tumblr.com/first

黒人、ショートケーキ、マスキングテープ

「だからね、私は黒には白だし、白には黒が似合うと思うのよ!」


突然声を張り上げた彼女の口元には、間抜けにもコッテリとした生クリームがへばりついている。
黒いスポンジに真っ白な生クリームの塗られたそれを、大して美味しくもなさそうにまた口に運ぶ。
「だからって何。さっきまで何の話もしてなかったと思うんだけど」
適当に相槌を打っていればいいものの、つい返事をしてしまう。
だから私はこの女と腐れ縁なのだ。切っても切れない仲なのだ。


迷惑にも私の手帳とペンケースを机から落とし、眺めていた雑誌をこちらに見せる。
中ではすらっと伸びた手足をこれでもかと見せびらかす、黒い肌の美女が、これまたカッコイイ上下黒のコーディネートを合わせて不敵に笑っている。
「これね?勿体ないじゃない!」
怒った素振りを見せつつ、ちっとも怒っていない私の友人は、先程乱暴に落とした私のペンケースを拾い上げ、白いレースのマスキングテープを取り出した。
それからうんうんと唸りながら、雑誌にテープを貼っていく。


空いた時間に、私はケーキを消費するとしよう。
イチジクの乗ったケーキは、口に運べばプチプチとした小気味よい食感と、爽やかな満足感を与えてくれる。ベタベタと甘ったるいこの女とは大違いだ。


口へケーキを運ぶ手を止めて半眼で眺めていると、がばりと顔を上げて破顔する。
「できた!どうだ、私の底力ー!!」
突き付けられたページに、真っ白なドレスを纏う黒い女性。これは、確かに。
思わずため息を漏らせば、満足気な顔。
「あんたのデザインじゃなくて、この女の人が綺麗だからだよ。調子のんな」


そう言ってデコピンすると、それにもまた満足気に笑う。


ああ、私はこの笑顔に弱い。
キツめの顔とキツめの性格。それでも彼女は恐れず向かってくる。
だから私はこの女と腐れ縁なのだ。切っても切れない仲なのだ。
その温かさに、私は幸せなため息を噛み殺した。

 

rtwitte.com/3dai_yokai

ティッシュ、カッパ、校庭

何だか真っ直ぐ家に帰りたくなくて、図書室で時間を潰していた僕は、ふと窓の外を見た。

雪だ。そしてくるくると回る小さな影。

まだ遅くないとはいえ、高校に小さな子が来るなどと、何か理由があるのだろう。

丁度いい暇潰しだと外に出る。

校庭の真ん中辺りにそれは居た。

雨合羽を羽織り、空を見ながらくるくると回る子供。

男の子のようにも、女の子のようにも見えた。

「どうしたのかな?此処にお兄さんかお姉さんが居るの?」

そう声を掛けると、やっと気が付いたようにこちらを見る。 その顔が、むずむずと。

「ふぁ、、っぐしゅん!!」

可愛らしく、盛大なくしゃみ。ああ、綺麗な顔がよだれと鼻水でぐしゃぐしゃになった。

袖で拭こうとするものだから、慌ててポケットを探るけれど、ハンカチしか入っていない。

仕方なくハンカチを差し出すと、子供はハンカチでぐしゃぐしゃになった顔をゴシゴシと拭う。

ああ、ポケットティッシュさえ入っていれば。

内心落ち込みながらも、大丈夫かと声を掛ければ、子供はにっこりと笑う。

「ありがと!またね!」

見た目通りの幼い声でお礼を言ったかと思えば、手を振り振り、走り去ってしまった。

「ハンカチ……」

呆然と呟いた情けない声は、誰も居ない校庭で雪と共に溶けた。

 

数日後のこと。

隣りのクラスの女の子から子供に渡した筈のハンカチが返ってきた。

ああ、あの日ポケットティッシュを持っていれば。

少し恥ずかしそうに笑う彼女に惹かれることなどなかっただろうに。