林檎、ボール、帽子

何処までも続く真っ白な階段の上。上を見ても左右を見ても真っ白。
そんな世界で、いつの間にか僕は座っていた。
上には階段が続いていて、下にも階段が続いている。
階段は左右に広く、端まで行ってみたら、崖のように途切れていた。

下を覗いていた時だった。
突然空気が変わる。
上から大小様々、色とりどりなボールが落ちてきた。
慌てて階段に身を伏せ、落ちないようにと身構える。
ボールが当たる度に声がした。
 
「馬鹿なくせに」「どうして生きているの?」「変な声」「このノロマ」「君に感情は無いの?」「君が産まれたのは間違いだった」「不細工」「気持ちが悪い」「死ねばいい」
 
胸が痛む言葉ばかりだった。
痛くて痛くて、当たった所が裂けて、血が出ているのではないかと思った。
ボールが階段を落ちていって、体を起こすと、胸に頭より小さな真っ赤なボールがあるのに気付いた。
 
「君は、とても優しいね」
 
いつだったか、誰かに言われたような気がする、温かくて優しい言葉だった。
ボールを抱えて立ち上がる。
 
僕は階段を下りることにした。
下りたら、日常に戻れるような気がした。
辛い事ばかりじゃ無かったはず。
こうして、僕のことを認めてくれる人だっていたんだ。
ゆっくりと階段を下りだした。
 
長い長い階段だった。
時々僕に挨拶していく人も居た。
上っていく人とハイタッチしたり、僕より早く下っていく人を見送ったりした。
 
どれくらいの時間が経った頃か。
白い中折帽を深く被った人が階段で屈んでいた。

「どうかしましたか?」
そう声を掛けると、帽子の人は顔を上げた。
息を飲む。
帽子は直接首に乗っていた。頭が無かったのだ。
その人はおろおろと手を動かして、暗く沈んだ声で「頭が無い、私の頭が無いんだ」と呟いた。
何とかしたいと思い、辺りを見渡してみても、頭らしきものは何処にも無かった。
 
ふと手にした赤いボールに気付く。
温かなこのボールなら、きっと心も晴れることだろう。
帽子の人にボールを差し出した。
少し戸惑った後、おずおずとボールを手にする。
そして頭に乗せた時、その人は確かに微笑んだ。
「ありがとう。お礼と言っては何だけど、この林檎をあなたに」
 
とても元気になったその人は、階段を上がるようだったので、そこで別れた。
真っ赤なボールの代わりに貰った林檎はとても美味しそうで、服で少し吹いて上に掲げてみた。
その時真っ赤な林檎が口を開ける。
「君は、とても優しいね」
僕はにっこりする。
「君はとても優しくて、とても利用しやすい」
 
 
気付けば僕は、階段の端から落ちていた。
何処までも、何処までも深く。
この階段を上っていたなら、どうなっていたかな。僕は、どうなっていただろう。
たくさんの事が頭に過ぎっては消えた。
 
 
そうして林檎は真っ赤に潰れましたとさ。
 
 
 
「知ってはいけない、魅惑の果実」
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