塩、機関銃、蝋燭

暗闇の中、蝋燭の明かりを頼りに進む。
自分の足音以外の音はない。
私は人だったものを破壊する。その為にここへ来たのだ。


肩から下げた機関銃が重い。
借り物だ。大事に担ぎ直す。

見知った家の廊下を進む。
ドアを開ける、蝋燭で照らす。その繰り返し。
大きくない家だ。本当はどこにいるのかなんて、最初からわかっている。
わかっているから、同じ場所を何度も回っている。

 

喉が渇いてキッチンへ向かう。
床がザリザリと鳴る。塩だ。
ある時から、人は深く眠ると塩になった。
生きたまま、深く、深く眠るのだ。
生きたまま眠り続ける。だから…。

水道を捻るも、水は出ない。
この家が停止してから、随分と経っているらしい。

 

カラカラの口を無理矢理唾液で潤し、とうとう階段を上る。
2階の、突き当たり。
ドアを開けば、ベッドに腰掛け、本を読むあなただったもの。

「おまたせ」

そう呟けば、こちらを見てくれる気がした。
また笑ってくれる気がしていた。
名前を呼んで、ふざけあって、一緒に出掛けたり。また、いつもの日常に戻れる気がしていた。
でも。

君は笑っていた。
私が貸した本の一点を見たまま。
その視線は動かない。その口は動かない。その体は白い。

 

「ねえ。私、もう大人になっちゃったよ」

返事はない。

「本、いつまで借りてんのよ」

返事はない。

「今度映画見ようって言ってたじゃない。もうあの映画、終わっちゃったよ?」

返事はない。

「ねえ。何か、言ってよ……」

返事は、ない。

 

涙がとめどなく溢れて、上手く呼吸ができない。
どうせ誰も居ないのだ。声を上げて泣いた。
どうせもう、あなたは慰めてなどくれない。
そのことがまた悲しくて、また泣いた。

しばらく泣いて、涙は枯れないとわかった頃、終わらせようと立ち上がる。
ありがとうだとか、ごめんねだとか、色んな言葉が浮かんでは消えた。
最後に近付いて、白く固い唇にキスする。しょっぱい。
それから習ったとおりに機関銃を構える。

「おやすみ」

タタタッ。タタタタタッ。

引き金を引けば、軽くはない振動と共に彼が砕ける。
まだ次の人が待っている。
弾は無駄にせず、バラけたところで引き金を離す。

「本はあげる」

振り向かない。
流れ出る水分が勿体ないから。
後ろ手にドアを閉めて、家から出る。
家から出て、やっと振り返る。
この懐かしい家には、もう戻らない。
また緩みそうになる涙腺を、ぐっと締めて持ってきていた蝋燭を置いた。弔いの火だ。

そして歩き出す。


この国では人は深い眠りに落ちる。
愛しい人の夢を、残された者が終わらせるのだ。

 

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