おとなのなりかた

「『大人』、っていうものはね。なりたいときにはなれないのに、なりたくないときには、もう、なっているものなのよ。」 おねえさんはそういった。ボクにはむずかしくて、よくわからなくて、とてもこまってしまったけれど、ボクにわからないことをいうおねえ…

しあわせ

1人の女の子が亡くなった。彼女はいつも1人で、みんなから嘲笑われていて、世界を呪っていた。世界なんてなくなればいいのに。人間なんてなくなればいいのに。私なんてなくなればいいのに。私はそんな彼女の傍に居たかった。でも彼女は、1匹の猫を庇って…

やさしいお姉ちゃんと眠れないこども

「黒い人が来るよー!」「きっと誰かさんが寝ないせいね!ほーら、早く寝ないと、真っ黒さんが来ちゃうぞー!」「きゃー!」 「黒い人が来るの……」「じゃあ早く寝なさい」「違うの、黒い人が来るから、私は起きてないといけないの……」 「気味の悪い子。さっ…

甘い、

恋とはどんなものだったかしら。あんなにも好いていた男は、まるで枯れた木のようになってしまった。あんなにも好いていた男は、もう輝きを失ってしまった。色褪せてしまった。寂れてしまった。そうさせたのは私だろうか。それともただ、私が変わってしまっ…

自分へ。また、僕と似た人へ。

自分自身に疲れてしまった貴方へ。 一つのことに囚われない。もし囚われたら何かに書いて、一旦置いておく。 自分を見つける。愚痴や悪癖、弱音も認めてあげる。 極力必要の無い時に仕事のことを考えない。 一人に依存するのではなく、依存先を増やして重み…

「I」

愛してるあいしてるアイシテル 戯言のように繰り返される、それは。 仕事帰りに買い物を済ませて家に帰る。少し萎びて安くなった野菜や、派手に30%offと貼られた肉。それらも鍋に、フライパンに、切って落とされれば皆同じだ。料理上手とは言えない私の、切…

新月の夜、また君と。

月のない夜。こんな日は決まって窓を開けておく。ベッドに潜ってもぞもぞとしていると、ほら、来た。部屋にぺたぺたと、小さな足音。彼女曰く、自分は月のない夜にだけ自由に動ける妖精なのだとか。本当は玄関から入ったのだろうに、窓を開けていないと入れ…

待ち合わせはストレンジ・ツリーで。

1歩、2歩、3歩。歩く度にゆらゆらと揺れる。くるりと回ればひだもふわりと付いてくる。くるくる、ふわり。止まって、ぶわり。御機嫌な様子でステップを踏む。ああ、なんて楽しい、嬉しい日でしょう。あたしは今日、愛しいあなたの呼吸を奪った。揺れて乱…

腕に咲く花

涙が止まらない。腕を殴り付ける。涙が止まる。また、涙が出る。また、腕を殴り付ける。また、涙が止まる。 何度繰り返しただろう。浴室でひとり。暖かな日差しも優しい月の光も届かない。何もない、誰も居ない。嗚咽を漏らして吸い込んだ白い湯気にむせる。…

あたたかな匣

バスタブにお湯を張りながら、そのゆらゆらと揺れる水面を眺めていた。湯気の立つ水に手のひらを浸せば、なるほど、温かい。それからずっと、お湯が溢れるまでそうしていた。 ザアア……。流石にまずいと湯を止める。そのまま、服のまま。バスタブを跨いで、中…

街灯、エプロン、煎餅

街灯のない暗い道をスマートフォンの明かりを頼りに歩く。仕事帰りにこの道を通るのももう慣れた。近道なのだ。 長く思えた道を歩き切り、冷えた手で鍵を探していると、ガチャリと音がしてドアが開く。「おかえりなさい」「……ただいま」広げられた腕に応えて…

瓶、ペン、音

星の詰まったキーホルダーを手に、君はうっとりと微笑む。それを横目に、僕は今手紙を書いている。夜色の液体にペン先を慎重に付け、想いを綴る。気持ちが文字から漏れていってしまわないよう、慎重に、慎重に。誰も口を開かない空間で、シャッシャッという…

冬の終わりに君は哭く(仮)2

冬を殺すのは案外簡単だった。 雪の降る早朝。まだ明るくなりきらないその時間に、彼女を海に連れ出す。まとわりつく冬も楽しそうだ。今だけは許してあげる。冷えた彼女の手を引けば、とても楽しそうに着いて来て、2人で服が汚れるのも構わず寄り添って砂浜…

赤く染まる

※気分を害する可能性があります。 鈍く光を反射する赤銅色の河の真ん中で、わたしはずっと立っている。ずっとがどれくらいずっとかは、とっくのとうに忘れてしまった。赤い水は膝より少し低い所まであり、お誕生日の真っ白なワンピースが赤く染まらないよう…

片思い、猫、燃え滓

しなやかなる獣を想う辛いときも、楽しい時も私は貴方を想う貴方に強く抱き締められると背筋が伸びて気持ちが良いそしてそっと頬を寄せるとても温かく、満たされる貴方が去る日を思うと心が寒く、燃え尽きたようになるのだそれでも私は貴方を想うどれだけ振…

林檎、ボール、帽子

何処までも続く真っ白な階段の上。上を見ても左右を見ても真っ白。そんな世界で、いつの間にか僕は座っていた。上には階段が続いていて、下にも階段が続いている。階段は左右に広く、端まで行ってみたら、崖のように途切れていた。 下を覗いていた時だった。…

人、物、場所(2)

人と人ならざるものの間に融けて、溶けて、解けて。私は僕は俺はあたしはわたしは。人で在りながら人でないからものを望んだ。 それはいつも其処に在った。此処と其処の境界線など知らない。ただいつも其処に在る。否定しようとも。 本当に?本当に居てくれ…

人、物、場所

様々な雑貨の並ぶ職場。春には寄せ書き、夏には向日葵や西瓜、秋には手帳、冬にはクリスマスカード。それらの注文が始まれば、肌がどう感じようと、頭はその季節に切り替わった。 様々な人達のいる職場。寂しがり屋な所長の計らいで度々開催される〇〇飲み会…

氷の君

薄く張った氷のように、私の表面には壁があるらしい。透明だけれど確かに存在していて、薄いくせに冷たくて固いのだとか。簡単に壊れてしまいそうで、ずっと在り続けるそれは、私の一部と言えるのか。「世間」に貼り付けられた印象なのか。 ぺたりと自分の頬…

前髪、餃子、SNS

「SNSでさー、最っ高に素敵な彼と知り合ったのよー」 『へー。』 「へーって何よ。もうちょいきょーみ持てよー」 『どーせ会いに行ってもっと惚れて寝たとかって話でしょー?あんた、もっと自分のこと大事にしなよー。』 「うっせ。どーせブスだし手に入んな…

誕生日、蛍光、方法

彼女が死んだ。誰にも言わないまま、独りでソレを選んだ。当然俺にも言わなかった。 合鍵を使って彼女が住んでいたワンルームに入る。玄関を開けて、電気をつけながら短い廊下を通り、ベッドと本棚しかないような狭い部屋へ。ベッドの上には俺がプレゼントし…

暗殺、天使、絵

いつのことだったか。青い月の夜に君は突然現れた。とても弱くて寂しい君は、助けを求めて僕に手を伸ばす。僕はその手を取った。 求められるまま言葉を落とす。今日はどんな言葉を贈ろうか。どんな言葉で君を飾ろう。君を揺らそう。 ねえ君。笑ってくれるか…

塩、機関銃、蝋燭

暗闇の中、蝋燭の明かりを頼りに進む。自分の足音以外の音はない。私は人だったものを破壊する。その為にここへ来たのだ。 肩から下げた機関銃が重い。借り物だ。大事に担ぎ直す。 見知った家の廊下を進む。ドアを開ける、蝋燭で照らす。その繰り返し。大き…

個体値、神社、プラスチック

気付けば、白いイチョウの木の上で脚をぶらぶら、座っていた。見下ろせば青い鳥居。地面がある筈の場所は暗く、底が知れない。見上げた空はまだ決まっていないようで、赤、青、緑と少しずつ色が変わっていく。 ここは?そう呟いたはずの声は無く、代わりに口…

太陽、街、セロハン

娘の中学の美術の授業でステンドグラスを作ることになったそうだ。 ステンドグラスとはいえ、もっと簡易なもので、黒い大きな画用紙を切り取り、間に色の付いたセロハンを貼るというものらしい。12月のマーケットに飾る予定だったのもあり、大抵のクラスメイ…

ロボット、虫、CD

真っ黒で四角い箱のような家の大きな窓の傍。そこにゆったりと椅子に座る少年が居る。ここ数日、私は彼を観察していてわかったことがあった。彼は人ではない。では何なのか。私はそれを表す言葉を知らない。ただ彼は老いた女性が持ってくる丸くて平たくてキ…

黒人、ショートケーキ、マスキングテープ

「だからね、私は黒には白だし、白には黒が似合うと思うのよ!」 突然声を張り上げた彼女の口元には、間抜けにもコッテリとした生クリームがへばりついている。黒いスポンジに真っ白な生クリームの塗られたそれを、大して美味しくもなさそうにまた口に運ぶ。…

ティッシュ、カッパ、校庭

何だか真っ直ぐ家に帰りたくなくて、図書室で時間を潰していた僕は、ふと窓の外を見た。 雪だ。そしてくるくると回る小さな影。 まだ遅くないとはいえ、高校に小さな子が来るなどと、何か理由があるのだろう。 丁度いい暇潰しだと外に出る。 校庭の真ん中辺…

冬の終わりに君は哭く(仮)

少し歩こうか。白い息と共にそう言った彼女の背に、髪の長い女が垂れかかる。あれは冬だ。彼女を連れていこうとする、綺麗な魔の遺物。世界が終わり、また生まれたというのに、たったひと欠片遺ってしまった異物。冬は気に入った者を1人選んでは、雪の向こう…