氷の君

薄く張った氷のように、私の表面には壁があるらしい。
透明だけれど確かに存在していて、薄いくせに冷たくて固いのだとか。
簡単に壊れてしまいそうで、ずっと在り続けるそれは、私の一部と言えるのか。「世間」に貼り付けられた印象なのか。
 
ぺたりと自分の頬に触れる。
手のひらの方がずうっと冷たい。
人に、モノに、真っ先に触れるこの手は、温かなものを震え上がらせてしまうほどに冷たい。
その手を取る、温かな手。生きている手。
 
「寒かったでしょう」
 
両の手で右手を包み込み、口元へ引き寄せて吐息をかける。
温かい。
 
まるであなたの魂を吸い取っているかのよう。
私の氷はあなたの命を吸って溶ける。溶けてしまう。
私は何が返せるだろう。私に何が出来る。
ふと君が顔を上げて、気遣わしげにこちらを見た。
吸い寄せられる。
 
そっと唇を寄せる。温かい。
そのとき、私の左手があなたの頬に触れた。
 
「冷たい」
 
どうしてだろう。その声すら温かくて。
冷たい私はその唇を、もう一度。

前髪、餃子、SNS

SNSでさー、最っ高に素敵な彼と知り合ったのよー」
 
『へー。』
 
「へーって何よ。もうちょいきょーみ持てよー」
 
『どーせ会いに行ってもっと惚れて寝たとかって話でしょー?あんた、もっと自分のこと大事にしなよー。』
 
「うっせ。どーせブスだし手に入んないんだから、寝るくらいしかできねーんだわ」
 
『ブスじゃないよー、十人並。だからその邪魔くさい長い前髪も切りなって。』
 
「ブスはブスだっつーの。だから餃子だってニンニクたっぷり、くっせー女になんのー」
 
『餃子に罪は無いわー。うけるー。』
 
「いーの。ああー、会いてえなー」
 
『クリスマスイブに?会えるわけないでしょ。うける。』
 
「あー、つら」
 
『聞いてる方もつら。』
 
「それな」
 
『ほんとそれ。』

 

 

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誕生日、蛍光、方法

彼女が死んだ。
誰にも言わないまま、独りでソレを選んだ。
当然俺にも言わなかった。
 
合鍵を使って彼女が住んでいたワンルームに入る。
玄関を開けて、電気をつけながら短い廊下を通り、ベッドと本棚しかないような狭い部屋へ。
ベッドの上には俺がプレゼントした猫のぬいぐるみ。
殺伐とした部屋に、少しは無意味なものを置けよってゲームセンターで取ったんだっけ。
 
何も無い部屋で、それでも彼女の存在を感じたくて。ぬいぐるみを抱いてベッドに沈みこむ。
彼女にとっては寝て本を読むだけの部屋だった。ベッドの軋みも安っぽい。
 
深く息を吸い、深く吐く。
このまま消えてしまいたいとさえ思った。
それでも記憶の中の彼女が、言うのだ。
 
「生きて」と。
 
なんて都合よく働く記憶なのだろう。
ただ俺が死にたくないだけなのだ。
 
女々しくも感傷に浸って、部屋を出ることにする。
彼女がお気に入りだった詩集を形見に持って。
部屋の電気を消して、一度だけ振り替えることを自分に許す。

 

すると、そこに蛍光塗料で書かれた「happy birthday」の文字が浮かんでいた。

今年の俺の誕生日に、彼女が後先考えずに書いたのだ。
 
なんで、どうして。
どうして俺に言ってくれなかったんだ。
どうして。他に方法は無かったのかよ。
真っ白だった頭に、次々と言葉が浮かぶ。
 
真っ暗な部屋で散々泣いて喚いて、床を叩いて。
彼女が見たら指を指して笑うだろう。
それでも今はそれしか出来なかった。
他にどうやって気持ちを逃せる?
俺にはわからない。
ズレていたけど頭の良かった彼女ならわかったのだろうか。

 


その日から俺は、彼女を取り返す方法を探し続けている。

 


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暗殺、天使、絵

いつのことだったか。
青い月の夜に君は突然現れた。
とても弱くて寂しい君は、助けを求めて僕に手を伸ばす。
僕はその手を取った。

求められるまま言葉を落とす。
今日はどんな言葉を贈ろうか。
どんな言葉で君を飾ろう。君を揺らそう。

ねえ君。笑ってくれるかい?

油絵のように重ねられていく言葉に、少しまた少しと表情を変えていった。
ああ、君はどんどんと強く、美しくなる。

身を潜めて少しずつ距離を縮める。
あと少し、もう少し。
心臓の音が煩い。……気がした。
本当はもう心音などしない。
一生分の鼓動を使い果たしたのだ。
僕はとうに射抜かれていた。

 

天使のようで、小悪魔な君。

 

 

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塩、機関銃、蝋燭

暗闇の中、蝋燭の明かりを頼りに進む。
自分の足音以外の音はない。
私は人だったものを破壊する。その為にここへ来たのだ。


肩から下げた機関銃が重い。
借り物だ。大事に担ぎ直す。

見知った家の廊下を進む。
ドアを開ける、蝋燭で照らす。その繰り返し。
大きくない家だ。本当はどこにいるのかなんて、最初からわかっている。
わかっているから、同じ場所を何度も回っている。

 

喉が渇いてキッチンへ向かう。
床がザリザリと鳴る。塩だ。
ある時から、人は深く眠ると塩になった。
生きたまま、深く、深く眠るのだ。
生きたまま眠り続ける。だから…。

水道を捻るも、水は出ない。
この家が停止してから、随分と経っているらしい。

 

カラカラの口を無理矢理唾液で潤し、とうとう階段を上る。
2階の、突き当たり。
ドアを開けば、ベッドに腰掛け、本を読むあなただったもの。

「おまたせ」

そう呟けば、こちらを見てくれる気がした。
また笑ってくれる気がしていた。
名前を呼んで、ふざけあって、一緒に出掛けたり。また、いつもの日常に戻れる気がしていた。
でも。

君は笑っていた。
私が貸した本の一点を見たまま。
その視線は動かない。その口は動かない。その体は白い。

 

「ねえ。私、もう大人になっちゃったよ」

返事はない。

「本、いつまで借りてんのよ」

返事はない。

「今度映画見ようって言ってたじゃない。もうあの映画、終わっちゃったよ?」

返事はない。

「ねえ。何か、言ってよ……」

返事は、ない。

 

涙がとめどなく溢れて、上手く呼吸ができない。
どうせ誰も居ないのだ。声を上げて泣いた。
どうせもう、あなたは慰めてなどくれない。
そのことがまた悲しくて、また泣いた。

しばらく泣いて、涙は枯れないとわかった頃、終わらせようと立ち上がる。
ありがとうだとか、ごめんねだとか、色んな言葉が浮かんでは消えた。
最後に近付いて、白く固い唇にキスする。しょっぱい。
それから習ったとおりに機関銃を構える。

「おやすみ」

タタタッ。タタタタタッ。

引き金を引けば、軽くはない振動と共に彼が砕ける。
まだ次の人が待っている。
弾は無駄にせず、バラけたところで引き金を離す。

「本はあげる」

振り向かない。
流れ出る水分が勿体ないから。
後ろ手にドアを閉めて、家から出る。
家から出て、やっと振り返る。
この懐かしい家には、もう戻らない。
また緩みそうになる涙腺を、ぐっと締めて持ってきていた蝋燭を置いた。弔いの火だ。

そして歩き出す。


この国では人は深い眠りに落ちる。
愛しい人の夢を、残された者が終わらせるのだ。

 

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個体値、神社、プラスチック

気付けば、白いイチョウの木の上で脚をぶらぶら、座っていた。
見下ろせば青い鳥居。地面がある筈の場所は暗く、底が知れない。
見上げた空はまだ決まっていないようで、赤、青、緑と少しずつ色が変わっていく。
 
ここは?
そう呟いたはずの声は無く、代わりに口から星が零れる。

……カラー…ン。

そこでようやく地面があるようだと気付く。
下まで少し遠いようで、それでもここでただ座っているのは退屈だった。

よいしょ。
ゆっくりと太い幹にしがみつきながら脚を下へ、下へ。
 
ずるり。あっ。
きゃーーー。
一々零れる星と共に地面へ。

どさり。
 
思っていたより痛みはなく、ただ衝撃として視界が揺れる。
立ち上がり、歩き出そうと思えど、脚が動かない。
視線を落とせば、砕けたプラスチックの様な脚だったもの。
 
ああ、私ヒトじゃない。
夢を見ているような気持ちで、その残骸を掻き集める。
 
そうか、これは夢なのだ。
 
夢であるのに、なんだか悲しくて。
今度は目から(多分目だ)青くて小さな魚が泳ぎ出てくる。
嗚咽を漏らせば星が。涙を零せば魚が。
なんだか可笑しくて、疲れてしまって、状況を変えるために周りを見渡す。
 
おや。
どうして気付かなかったのか。
青い鳥居の下、お社がある。
そしてお社の手前には賽銭箱が。
足元に散らばる星を拾い上げ、賽銭箱に向かって投げる。
 
入って。お願い。
 
幾つも外してはまた星が零れ、繰り返し。
繰り返し、繰り返し。
何十回目か。
魚にぶつかった星が高く飛ぶ。
 
ちりーん。
 
鈴の様な音。
どうやら賽銭箱に入ったらしい。
 
今はこんなものしかありません。
どうか、どうかカミサマ。私を起こして。
酷い夢から覚めたいの。
 


そうして光は満ちた。
 


目を開くと、白い部屋。
たった1人、黒い部屋。
ぼんやりと見渡し、思い出す。
そうか。私はずっとひとりだった。
 
少女は窓から夢へ還った。
 
 

どうでした?あの子。
どうかな、個体値は良かったんだけど。
そう。やはり数値だけではダメなのね。
最初から脚も無かったし、なんだか目もおかしかったわ。
仕方がない。次の雛を用意しよう。
 


ピッ…ピッ…ピッ…ピッ……。
 
 
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太陽、街、セロハン

娘の中学の美術の授業でステンドグラスを作ることになったそうだ。

ステンドグラスとはいえ、もっと簡易なもので、黒い大きな画用紙を切り取り、間に色の付いたセロハンを貼るというものらしい。
12月のマーケットに飾る予定だったのもあり、大抵のクラスメイトはクリスマスをイメージするものを作っていたそうだ。

そんな中、我が娘は四角の沢山並んだカラフルな作品を作った。

私が親であることを除いてもとても綺麗であることを娘に伝えて褒めたが、残念ながらマーケットに飾られることはなかった。
みんなに笑われたと泣きじゃくる娘の頭を撫でながら、何を描いたのかと聞いてみたところ、どうやら娘の目に映る街を描いたらしい。

なるほど、私が飽きてしまう程住んだこの街は、娘を笑った人々の住む街は、娘の目にはこの様に美しく映っているらしい。
そんな娘の気持ちを誇らしく思う。

先生やクラスメイト達が指を指して笑った娘の作品は今、私の部屋で太陽の光を沢山吸い込み、暖かな気持ちをくれている。


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